漢方ブログ

#17 耳がふさがった朝に、私が思い出したこと

“聴こえる”は、耳だけの仕事じゃなかった

ある朝、目が覚めたら片方の耳がふさがっていた。
そんな経験をされたことはありますか。

水の中にいるような、こもった感じ。テレビの音がどこか遠い。自分の声だけが頭の中で反響する。
最初は「寝違えたのかな」と思っても、一日経ち、二日経ち……治らない。
病院では「突発性難聴ですね」と言われ、ステロイドのお薬を処方される。でも、飲んでもあまり変わらない。

私のところにも、そんなご相談をいただくことがあります。
今日は、このちょっと怖い「耳のふさがり」について、東洋医学の目線からお話ししたいと思います。

漢方が「耳」を見るとき、最初に見るのは耳ではありません

西洋医学では、突発性難聴は「耳の中の問題」として扱われます。耳の奥で炎症が起きたり、血流が悪くなったりして、聴覚の神経がうまく働かなくなっている。だからステロイドで炎症を抑えましょう、というのが一般的な流れです。

でも、漢方の世界では少し違う景色が見えます。

漢方では、耳だけをじっと見つめるのではなくて、「どうして耳でそれが起きたのか」を体全体から読み解こうとします。耳の不調は、耳が壊れたのではなくて、体の中の”水の巡り”がどこかで滞ったサインかもしれないと考えるのです。

もう一つの道

この見方ができると、「ステロイドが効かなかった」ときにも、もう一つの道が見えてきます。
耳そのものを治そうとするのではなく、体の巡りを整えることで、耳が本来の働きを取り戻していく――そんなアプローチが漢方にはあります。

実際、「耳が塞がったまま何週間も変わらなかった」という方が、漢方での体質改善をきっかけに、ふっと聞こえが戻ったというお話は珍しくありません。
大切なのは、諦めないこと。そして、耳だけでなく体全体を見てくれる相談先を持つことだと思います。

「耳は体の水鏡」―― 古くから伝わる、もう一つの聴き方

東洋医学では、古くから「耳は腎に開く」と言われてきました。腎というのは、生命力の土台のようなもの。年齢とともに聴力が衰えるのも、この「腎」の力と関係があると考えられています。

でも、それだけではありません。最近改めて感じるのは、耳の不調にはもっとたくさんの臓腑が関わっているということ。

漢方の考え方では、耳の奥にある小さな空間には「液(えき)」と呼ばれる体液が満ちていて、それが音の振動を正しく伝える役割を果たしているとされます。この液がきちんと巡っていれば、耳はちゃんと働く。でも、体のどこかで流れが滞ると、液が偏ったり、詰まったりして、聞こえに影響が出る。

「耳は体の水鏡」――私はそう表現しています。体の水の状態が、耳という小さな場所に映し出されるのです。

耳が教えてくれている、体の「今」

突発性難聴は、できれば発症から早めに対処したいものです。「そのうち治るかな」と様子を見ているうちに、2週間、3週間と過ぎてしまうと、回復のチャンスが狭まることがあると言われています。

もちろん、遅れたから絶対にダメということはありません。でも、体は毎日少しずつ変わっていきます。「ステロイドを飲んだけど変わらない」「鍼に行ったけどまだ残ってる」。そう感じたら、もう一つの選択肢として漢方を考えてみてほしいのです。

特に、耳の塞がり感に加えて「肩こりがひどい」「冷えやすい」「最近眠りが浅い」――こういった体のサインがあるなら、耳だけの問題ではなく、体全体の巡りを見直すタイミングかもしれません。

澄んだ洞窟を濁らせる、見えない渋滞の正体

私たちの体には、血液やリンパ液だけでなく、漢方でいう「津液(しんえき)」という水分が絶えず巡っています。この津液は、臓腑がチームワークで動かしています。腎が土台を支え、脾が栄養を取り込み、肝が全体に行き渡らせ、肺が表層に届ける。

ところが、冷えや疲労、ストレス、食べすぎ、季節の変わり目……。こうした小さなことが積み重なると、この巡りのチームワークに乱れが生じます。

すると、水は下に溜まりやすく、上には届きにくくなる。耳のような体の上の方にある、しかも細い管が入り組んだ場所では、ほんの少しの巡りの渋滞が、大きな影響を及ぼすのです。

耳の奥は、まるで山の湧き水が静かに満ちた洞窟のようなもの。水が澄んでいれば音はきれいに響きます。でも、濁って溜まれば、何も聞こえなくなる。
この「見えない渋滞」こそ、本当の敵なのかもしれません。

千幸堂が「耳だけを見ない」理由

千幸堂では、耳のお悩みに対しても「耳だけを見る」ということはしません。

お話をじっくりお伺いして、冷えはないか、むくみはないか、胃腸の調子はどうか、眠れているか。そうした体全体の状態を丁寧に確認したうえで、「この方の耳に今、何が起きているのか」を漢方の考え方で読み解いていきます。

漢方薬も一律ではありません。体の水を穏やかに巡らせるものを土台にしつつ、必要に応じて、体を内側から温めて巡りの力を強めるもの、細い通り道の詰まりを通してくれるものを組み合わせます。

漢方の得意技は、体が本来持っている「自分で整える力」を引き出すこと。お薬が耳を治すのではなく、体の巡りが整うことで、耳が自分の力で回復に向かうのを応援するイメージです。

ある冬の朝、耳がふさがった40代の方のお話

以前、こんなご相談がありました。

40代の女性の方で、ある冬の日、右側の耳のあたりにチリチリとした痛みを感じたそうです。痛みはすぐに引いたものの、1週間後に耳が塞がり、低い音の耳鳴りが始まりました。病院で突発性難聴と診断され、ステロイドを処方されましたが、あまり変化がなかったとのことでした。

お話を伺うと、もともと寒がりで肩こりがあり、寒い日は頭痛になることもある。そして具合が悪くなってからは寝つきも悪くなっている、と。
漢方的に見ると、体全体の水の巡りがやや弱くて、冷えの影響で上の方に水分がうまく届いていない。そこに、冬の外気の影響を受けて、耳の周辺で津液が渋滞してしまったという絵が浮かびました。

そこで、体の水の巡りを整える漢方をベースに、温めながら巡りの力を強め、耳の細い通り道のつっかかりを通すような組み合わせをお出ししたところ――2週間後、難聴は改善し、耳鳴りも消失。耳鼻科の検査でも、聴力が正常に戻ったことが確認されたそうです。

もちろん、すべての方に同じ結果が出るとは限りません。でも、この方のケースは、耳の問題を「体の巡り」という視点で捉え直すことの可能性を教えてくれたと感じています。

今日からできる、3つの「巡りチェック」

もし今、耳の塞がり感や聞こえにくさを感じていたら、まずは次の3つを振り返ってみてください。

一つ目、冷えていませんか。
手足の冷え、寒い日の肩こりや頭痛。体が冷えると、水の巡りは鈍くなります。温かい飲みものを意識して、首まわりを冷やさない工夫をしてみてください。

二つ目、眠れていますか。
睡眠は、体の巡りをリセットする大切な時間です。耳のトラブルがあるときに眠りが浅くなるのは、実は体の巡りの乱れと深く関わっていることがあります。

三つ目、一人で抱えていませんか。
耳の不調は、目に見えない辛さです。周りにわかってもらいにくい。だからこそ、体のことを丸ごと聴いてくれる場所に相談してほしいのです。

「聴こえる」とは、体じゅうの巡りが耳まで届いている証拠のこと。
私はそう思っています。

耳が聞こえにくくなったとき、それは耳が壊れたのではなく、体が「ちょっと巡りを見直して」と教えてくれているのかもしれません。

還暦が近づいた今、私自身もときどき体の声に耳を傾けるようになりました。若い頃は気にもしなかった小さな変化に、「ああ、体が何か言ってるな」と思えるようになった。それは決して衰えではなくて、体と対話できるようになったということなんだと思います。

耳のこと、体のこと。気になることがあったら、どうぞ千幸堂にお声がけください。
お話を伺うことから、始めます。
あなたの「聴こえる」が、また澄んだものに戻りますように。

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